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日本山海名産図会 巻四 (4)

川の怪魚・珍魚たち
越中大鮸・播州飯鮒・河鹿・石伏

巻四の後半は川と海の珍しい生き物たちが登場する。牛馬すら食うという越中富山の「大鮸(おおたこ)」、腹に白米飯を宿す不思議な播州高砂の「飯鮒(いいぶな)」、そして俳句の季語として有名でありながらその正体をめぐって激論が交わされた「河鹿(かじか)」──。著者の鋭い観察眼と博識が光る、自然誌の真骨頂ともいえる章。

越中川之大鮸(おおたこ)の図

越中富山・滑川の大鮸(おおたこ):舟をも転覆させる怪物

鰌(たこ?)のうち大型のものは「北國の物至て大なり」とあり、八〜九尺(約2.4〜2.7m)から一〜二丈(約3〜6m)にも達し、人を巻き取って食うとまで言われた。足の疣(いぼ)が人の肌に触れると血を吸い急死させ、犬・鼠・猿・馬も捕まえるという。

越中富山の滑川(なめりかわ)産の大鮸は漁師がとる術がなく、やむなく船の中で空寝をして待ち、大鮸が手を船の上にかけてきたところを素早く刀でその足を切り落とす。著者はこの漁師の命懸けの勇気を武士の義死に比べて讃えている。

「足一本を市店の軒先に掛ければ地に余る」
大鮸の足一本を軒先に掛けると長く垂れ下がって地に余るほど巨大で、「疣一つを服すれば一日の食に足る」というほど栄養があったという。
加賀川での鮸捕(どじょう漁)の図

加賀川の鮸捕(どんこ漁):川魚漁の全景

加賀の川辺では伝統的な川魚漁が盛んに行われていました。図会には、大勢の漁師が広い川岸に網や仕掛けを張り、上流から下流へと魚を追い込む様子が描かれています。川岸では村人が総出で漁に参加し、集落全体が一体となった生産活動を示しています。

加賀(石川県)の河川は清流が多く、鮸(どじょう)・鱸(すずき)・鯉など多彩な川魚が生息していました。春から夏にかけての川魚漁は地域の重要な食料源であり、獲れた魚は干物・塩漬けに加工されて各地に送られました。

加賀の浅野川之鱸捕の図

加賀・浅野川の鱸捕(すずき漁):清流に宿る名魚

加賀国の浅野川(現在の金沢市内を流れる清流)は、古くから鱸(すずき)の名産地として知られていました。山々から流れ下る冷たく澄んだ水の中で育った鱸は身が引き締まり、風味が豊かとされました。

図会には、川の両岸から鱸を追い込む漁師の姿と、山々の稜線が重なる雄大な山紫水明の景色が一枚の画面に収められています。自然の恵みと人間の営みが調和した、江戸時代の漁村の原風景がそこにあります。

播州高砂・飯鮒と高砂の剿鯛魚の図

播州高砂の飯鮒(いいぶな)と剿鯛漁:腹に白米飯を宿す不思議な魚

泉州・紀伊・播州(兵庫)に多く、なかでも播州高砂(兵庫県高砂市)が名産。鱒(ます)の別種で大きさは三〜四寸(9〜12cm)ほど。最大の特徴は「腹内白米飯の如き物充満す」──腹の中に白米飯のような白い物が詰まっている不思議な魚。

図会には高砂の海辺での漁の情景も描かれており、摂津・播磨の豊かな海産物の豊かさが伝わります。高砂では飯鮒のほかに鯛の追い込み漁「剿鯛(そうたい)」も盛んで、多数の船が波間に群れる様子は壮観でした。

「腹内白米飯の如き物充満す」──江戸時代の人々も、この不思議な魚の腹の内容物に驚いたに違いない。
越中神通川之鯛(ます)の漁の図

越中・神通川の川魚漁:鱒と鯉の豊かな漁場

越中国(富山)の神通川(じんつうがわ)は、北アルプスを源に持つ清冽な大河川です。春の雪解けとともに鱒(ます)が大量に遡上し、川辺を彩る風物詩となっていました。

図会には、大きな引き網を駆使して鱸・鯛に似た川魚を獲る漁師の様子が描かれています。腰まで水に浸かりながら網を操る姿は力強く、越中の豊かな自然の恵みと漁師の生命力を伝えています。

諏訪湖の八目鰻漁の図

諏訪湖の八目鰻(やつめうなぎ):薬用にも珍重された深湖の珍味

信濃国(長野県)の諏訪湖は、標高760mの高地に位置する大きな湖です。その湖底には「八目鰻(やつめうなぎ)」が生息し、古くから薬用・食用に重宝されてきました。

目の脇に七つの呼吸孔が並ぶ独特の容姿から「八目」の名がついたこの生き物は、脂質が豊富で夜盲症(とり目)に効くとされ、江戸時代の本草書にも薬効が記されています。図会には湖面を行く漁船と、仕掛けを操る漁師の姿が静かな湖の情景とともに描かれています。

長滝の鱧魚(はも)漁の図

長滝の鱧(はも):海峡を渡る夏の名魚

鱧(はも)は、夏の京料理に欠かせない高級魚として現代でも名高い存在です。図会には海辺の漁場での鱧漁の様子が描かれており、岩礁の多い沿岸域で鱧を追う漁師の姿が生き生きと表現されています。

鱧は骨が非常に多く、食べるには「骨切り」という高度な調理技術が不可欠です。江戸時代にはこの技術がすでに確立されており、京都の料亭では夏の主役として重宝されていました。産地では塩漬けや干物に加工して各地に出荷しました。

諸国の阿鹿からす魚・河鹿の図

河鹿(かじか):俳言か古語か?江戸随一の生き物論争

巻四後半の白眉ともいえるのが「河鹿」をめぐる詳細な考察。著者は「カシカ(かじか)」という名は古い和歌にも物語にも見えず、恐らく寛永年間(1624〜1644年)頃に俳諧師の口ずさみとして流行した言葉だと断言する。

図会には諸国に産する珍しい川魚の姿が文章とともに詳細に描かれており、当時の博物学的な観察の精緻さを伝えます。伊予大洲の「音が茶碗を叩くような」河鹿、越後国の「黒い斑点を持つ」大型種など、地域ごとの差異が丁寧に記録されています。

加茂真淵の証言
国学者・加茂真淵は「カハヅは万葉集にも山河に住んで音の面白い生き物として詠まれる。和歌に詠む場合は『カハヅ』と読み、『カシカ』とは詠まない」と述べている。著者もこれに同意し、「カシカ」はあくまで俳言と結論づける。
摂勝・大洲の石伏漁の図

石伏(いしぶし):岩礁に張り付く北陸の珍魚

石伏(ゴリ):海・川の二種がある。本物は腹のヒレで石に張り付く性質があり、杜父魚(かじか)に似て一回り小さい。声があり鰭に刺がある。嵯峨(京都)では「みこ魚」、播州では「みこ女郎」とも呼ばれた。

図会には摂津・大洲の岩礁の多い海辺で石伏を採る様子が描かれています。干潮時に露出した岩場を丁寧に探り、石の裏に張り付いた石伏を手際よく拾い集める漁師の姿は、現代の磯採りと変わらない原始的で確実な漁法です。

石伏・越前赤虫・飯鮒などの博物図

越前霰魚と諸国の珍魚:博物記録の精華

越前霰魚(あられうお):越前(福井)以外には産しない珍種。杜父魚(かじか)と同一視されることもあるが著者は誤りだと主張する。「雪の降る時に腹を上にして流れる」という不思議な習性が伝えられた珍しい魚。

図会には石伏・霰魚・飯鮒など諸国の珍魚が写実的な絵入りで記録されており、江戸時代の博物学・本草学の粋が凝縮されています。単なる漁業記録を超えた、自然誌の一級資料として今に伝わります。

北陸・山陰の川魚と珍味を現代に

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ほえまる
ほえまるの「ほえ〜!」コメント

「河鹿」が俳句の季語かどうかで江戸時代に大論争が起きていたなんてビックリだワン!著者が、古文献を丁寧に調べて「カシカは俳言だ!」って主張する姿、現代の研究者みたいだワン。越中の大蛸の話も、漁師さんが命懸けで戦った記録として胸が熱くなるワン。