古来、武士の権威の象徴でもあった鷹狩。その起源は仁徳天皇の御代、百済の皇子・酒君が朝鮮の技術を伝えたことに始まるとされています。図会では、甲斐や日向の小鷹、奥羽(東北)の大鷹、そして朝鮮から渡来する白鷹など、各地の鷹とそれを育てる鷹匠(たかじょう)たちの驚くべき技法が詳しく記されています。
鷹の多くは巣の中で捕らえられますが、伊予国(愛媛県)の小山田では「羅(網)」を用いた独特の猟が行われます。ここは土佐、阿波にまたがる大山で、高い山を目印に渡る鷹が必ず通る道筋なのです。
柚子の実が色づく初秋、猟師たちは一間半ほどの網(はり切り羅)を張り、その下にヒヨドリを入れた籠を置きます。さらに傍らには、木で作った本物そっくりの蛇を竹筒に入れ、長い糸をつけて忍ばせておきます。
捕らえたばかりの野生の鷹(打おろし)を人に慣らす訓練は、過酷を極めます。最初に行われるのが「夜据(よずえ)」です。灯りを使わない暗闇の中で、鷹匠は鷹を手に据え、夜通し山野を歩き回ります。
夜を重ねるごとに、ほんの少しずつ幽かな灯りを見せ、次第に光に慣らしていきます。最初から強い光を見せると、鷹が驚いて癖になり、実用に耐えなくなってしまうからです。十分に手に馴染んだら、次は夜明けから昼間へと訓練を移す「朝据(あさずえ)」へと進みます。
雛から育てる「巣鷹(すだか)」には、さらに細やかな配慮が必要です。籠の中にはモグサや柔らかな荒皮を敷き、蚊に刺されないよう初めから蚊帳を垂らして守ります。
成長に合わせて「のり毛」「綿毛」「討毛」と呼び名が変わり、尾羽が生え揃うのを目安に本格的な訓練が始まります。ぬるま湯で羽の縮れを伸ばし、生きた鳥を捕らえさせる実戦を積むことで、一羽の誇り高き狩人が完成するのです。
ちなみに、体重の軽い雄を「兄鷹」、重い雌を「弟鷹」と呼ぶなど、現代の感覚とは異なる独特の呼び名も、江戸時代の鷹文化の奥深さを物語っています。
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暗闇の中を、鷹を手に乗せて一晩中歩き回るなんて……鷹匠さんの忍耐力にはびっくりだワン!鷹も人も、お互いの呼吸を合わせるために、そんなに長い時間を一緒に過ごすんだね。偽物の蛇まで手作りする工夫にも、ほえ〜!だワン!