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日本山海名産図会 巻一

摂州伊丹の酒(伊丹酒)

『日本山海名産図会』巻一の冒頭を飾る伊丹の酒造り。かつて濁り酒が主流だった時代に、澄んだ「清酒(諸白)」を安定して造り出した伊丹の技は、江戸の街で熱狂的に愛されました。其の一から其の六までの図会と共に、その情熱を辿ります。

歌楽
其の一

歌楽(うたのたのしみ)と酒造の起源

「この御酒(みき)を醸した人は、その鼓のような形をした臼を据え、歌いながら醸したのだろうか、それとも舞いながら醸したのだろうか。この素晴らしいお酒の、なんとまあ、言いようもなく楽しいことよ」

これは『古事記』の記述である。応神天皇が角鹿から還幸された際、神功皇后が自ら酒を醸して待ち受け、お祝いを申し上げた際のエピソードです。これは「酒楽(さかくら)の歌」と呼ばれ、今に伝えられています。

日本における酒の古語は「キ」であり、神仏や君主に捧げるものを尊んで「御酒(みき)」と呼ばれます。古代の「黒酒・白酒」は、現在の清酒と濁酒に相当すると言われています。「サケ」の語源は「マサケ(真酒)」の略称です。

『日本書紀』崇神天皇八年には、高橋邑人活日を「掌酒」に任命したと記されており、これが日本の公的な酒造りの始まりとされます。とりわけ摂津国伊丹で醸される酒は、最も味が濃厚で優れている(醇雄)とされ、品質ゆえに幕府からブランドを保証する「御免の焼印」の使用を許されています。今や遠方の地方では、「諸白」のことを指して、単に「伊丹」と呼ぶほどその名は定着しています。

寒酒だち
其の二

清酒の誕生と、江戸を熱狂させた「上酒」

伊丹の酒が日本一の上酒となった歴史は、文禄・慶長年間(1590年代)、伊丹近隣の鴻池(山中氏)が江戸で売り出したのが端緒です。当初は天秤棒で担いで売る細々としたものであったが、江戸の繁栄とともに生産高は飛躍的に増大し、鴻池家は巨万の富を築きました。

澄んだ「清酒」とする製法が確立されたのは、約130年ほど前のことです。それ以前はザルで漉しただけの濁り酒でした。現代の酒には、新酒、秋枯、間酒、寒前酒、寒酒などの区分があります。麹造りは秋の彼岸の時期に始まり、蒸米を人肌まで冷まし、麹室で細心の温度管理を行います。

「新酒」「秋枯」「寒酒」……季節ごとに呼び名を変え、とりわけ秋の彼岸から始まる伊丹の新酒はその香りの高さで江戸中の人々を魅了しました。池田や灘、西宮へと広がる摂津の銘醸地の中でも、伊丹はまさに「上酒の源流」として、揺るぎない地位を築いたのです。
醸造の真髄
其の三

麹(こうじ)と酛(もと)に宿る職人の勘

麹の表面に「毛体(破精)」が生じるのを待ち、麹盆に盛り分けます。酒造りの基本となる「酸(酛/酒母)」の仕込みは、蒸米5斗、麹1斗7升、水4斗8升で行います。最初は手で混ぜ、夜には櫂を用いて撹拌します。

完成した酒母を三尺桶に集め、三段階で増量していきます。発酵の兆候(穀気)を慎重に見極めることが「大事」です。

工程 蒸米 備考
酸(酒母) 5斗 1斗7升 4斗8升 手で混ぜ、櫂で撹拌
添(そえ) 8斗6升5合 2斗6升5合 7斗2升 第一段階
中(なか) 1石7斗2升5合 5斗2升5合 1石2斗8升 第二段階(桶を分ける)
大領(最終) 3石4斗 1石6斗 1石9斗2升 最大規模の仕込み
絞りと熟成
其の四

「七寸」の輝きと、時が醸す黄金比

仕込みから8~9日後、諸味を袋に詰め、「ふね」と呼ばれる圧搾機に満たします。大きな「男柱」に石を重しとしてかけ、じわじわと絞り出されたものが「清酒」です。これを「七寸」、あるいは「あらばしり」と呼ばれます。

かつては「菩提泉」という手法が一般的であったが、現在は洗練された清酒が普及しました。太平の世が200年続き、今や庶民も飽くまで酒を楽しみ、万歳を唱えることができる有難さを忘れてはなりません。

酒母に用いる米は地元の古米や姫路・加賀産が良く、本仕込みには秋田・加賀などの北国産の古米を最上とします。

精米と洗米
其の五

極限の精米と、五十回の「新水」

資材・道具リスト

  • 半切(平桶): 200枚
  • 臼(うす): 17~18棹
  • 麹盆: 400枚以上
  • 甑(こしき): 薩摩杉製。蒸気の抜けが最も良い。
  • 薪(燃料): 1回につき130貫目以上。
  • 杵: 尾張産の五葉松。米を傷めないため最上。

米洗いは「半切」一つに三人掛かりで行い、水を40回から50回も替えて徹底的に汚れを落とします。また、長期保存する「囲い酒」の火入れは、梅雨の前に行うのが最適です。

風物詩と出荷
其の六

猪名川の「袋洗い」と愛宕祭の活気

1. 焼酎ベースの酒(直し)
焼酎10石、糯白米9石2斗、米麹2石8斗を合わせ、春期は約25日間で完成させます。

2. 黒米酒(くろみざけ)
黒米2斗、麹6斗、水1石を用い、むしろで桶を包み密閉。60~70日間かけて熟成させます。

新酒が完成すると、猪名川で「袋洗い」が行われる。この時、近隣の人々が袋に残った薄い甘酒(水の汁)を求めて集まります。
「賤(しず)の女や 袋あらひの 水の汁(鬼貫)」

7月24日の愛宕祭では、伊丹の本町通りに壮麗な灯籠が並び賑わいを見せる。この日は、丹波や丹後から多くの働き手が集まる「蔵立ち」の重要な日でもあります。

図会が語る、摂津銘醸地の今を味わう

伊丹の伝統を受け継ぐ銘醸酒や、西宮・灘など近隣の銘品をお取り寄せいただけます。

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ほえまる
ほえまるの「ほえ〜!」コメント

「うーん、いい香りだワン!歴史の隙間には、今の時代にも負けないくらいの『心意気』があふれてるワン。摂津のお酒、全部飲み比べてみたいワン!」