海の幸と海に生きる人々を記録する三章。帆を張って風に乗りながら籠網で掻き取る鳥貝漁。播磨明石(兵庫県)の名産・蛸と、壺を使った罠漁の知恵。そして裸で海に潜り鮑を採る「海女(あま)」「海士(あま)」の暮らし——その勇壮な仕事ぶりが詳しく記される。
「鳥貝」というものは昔はなかった(記録がなかった)。また六十年ほどは人々が知らなかったが、二、三十年この方(近年)は甚だ賞翫されることとなった。ただし下品(格下)の貝なので、貴人などの料理には用いない。
この貝を取るには、籠網を舟の後に付けて、舟には帆を掛けて風に随って走らせる。籠網が土砂と共に鳥貝を掻き込んで取る。蜆・蛤を取るのとだいたい同じ方法である。
蛸(たこ)には大蛸・普通の蛸・小八橋(こやつばし)・望潮魚(もうちょうぎょ)・召矩(しょうきょ)などがある。播磨(兵庫県)の明石の蛸は名物である。但馬(兵庫県北部)の大蛸は甚だ大きく、牛馬を取ったり、舟の中へ手を差し伸べて人の有無を確かめるという。
蛸を取るには、蛸壺をいくらも綱につなげて桐の木の切り口を「うけ(浮き)」につけて流し置く。二日一夜過ぎて引き上げると、壺の内に蛸が入って居る。海中で人に吸い付かれた場合は、唾(つば)をかけると離れるという。
「海人(あま)」は女性ばかりだと思われているが、男の海士(あま)もいる。「何人(なんびと)」とは田力女(田を耕す女)の返称であるとも言う。裸で海中へ飛び込み、鮑(あわび)貝を取る。籠に縄をつけて海底へ持ちゆき、鮑貝を取り入れる。海士が海上に上がれば、すぐに縄を引いてその籠を舟へ取り入れる。
海人の生計はさまざまで、舟で釣針を使って鯛なども釣る。暖かい年は鯛は網でよく取れ、また縄にもよくかかる。
「蛸に吸い付かれたら唾をかけると離れるって、江戸時代の漁師の知恵だワン!海女さんは女性だけじゃなくて男性の海士もいるって書いてあるのが公平だワン。蛸壺漁って今も変わらない漁法なんだワン!」