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日本山海名物図会 巻五

川海老・落ち鮎・淀鯉

巻五は川と海の生き物の世界から始まる。篝火に集まる川海老の夜漁。産卵のために川を下る八月の「落ち鮎」と、人音を聞くと底に沈む鮎の習性を利用した簗(やな)漁。そして淀城の水車の周りで厳しく保護される黄金色の鯉——山城国淀産は魚の王とも称された。

川海老漁の図

川海老——篝火に引き寄せて玉網で掬う

川海老を取るには、竹の簀(す)を鉤の手(L字型)に立て回しておく。夜になってその傍らで松明(たいまつ)を振れば、その火の光につれて集まってくるものを玉網(たまあみ)で掬い取る。おおむね、川に水が出た(増水した)ときに川端で篝を焚くと、海老が多く寄ってくる。手綱で捲き取ることもできる。

光に引き寄せられる川海老の習性を利用した「火光利用漁法」は、世界各地で見られる漁法である。松明や篝火を使ったこの方法は、江戸時代の川漁の風景を象徴するものだった。
落ち鮎・淀鯉の図

落ち鮎と淀鯉——川の名物二題

鮎の正字は「難(なん)」と書くべきで、「鮎」の字は俗字である。この魚は春の初め、海と川の間で生まれ、川の水をさかのぼって上がる。夏になると段々に生長し、八月より身に「さび(錆)」を生じる。それからは川の上から下りて、海と塩水の境(潮ざかい)で子を産んで死ぬ。

八月の落ち鮎を取るには、川の流れを堰き止め、真中をあけて岸の方に筵(むしろ)を敷き、その上に落ちてくるものを取る。この設備を「魚梁(やな)」という。鮎は人の音を聞くと底に沈んで動かなくなるため、静かに人がいないような態でいると必ず落ちてくるのである。

山城国(京都府)淀の産の鯉は名物である。中でも淀城の水車の辺りに住む鯉はとりわけ黄色味を帯びている(黄金色)。しかし水車の辺りで網を打つことは淀の御城(藩主)から御制禁(禁止)があるため、漁師は見ざりに(こっそりと)魚を取ることが叶わない。魚の大小は一年物・二年物・三年物として、年によって高下(値段の差)を分ける。年久しく経たるほど魚は大きい。

鯉は中国の『神農本草』に「魚の王」と記されるほど古来珍重された淡水魚。山城国淀の鯉は現代に至るまでその名声を伝え、京都の食文化に根ざした名産となっている。

川の恵みを今に

川海老・鮎・鯉——日本の川が育てた美味

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ほえまる
ほえまるの「ほえ〜!」コメント

「落ち鮎は人の物音を聞くと底に沈んで動かなくなるから、静かに捕るんだって!魚の習性をよく観察して漁法を考えた昔の人の知恵、素晴らしいワン。淀の水車の周りの鯉は禁漁区なんだね、江戸時代にも自然保護があったんだワン!」