巻三の冒頭を飾る東国の名産。江戸から三十一里の日光山から出る堅牢な漆器・膳椀は、丈夫さゆえに日用品として人々に重宝された。一方、仙台では毎年春に大規模な馬市が開かれ、幕府御用の名馬から庶民の乗馬まで、仲買を通じた賑やかな売買が繰り広げられた。
下野国(栃木県)の日光山は、江戸より三十一里の地にある。ここより出る椀や膳(めし台)は、「堅地(かたじ)にして強し」と称される丈夫な漆器である。日用に便利だとして諸人が愛用している。
心越禅師(しんえつぜんし)はこの器を詩に詠んでいる——「刀鋸剛より出て、方固の器、膠浮く塗束(ぬりたば)は金玉の光。分与して間に通ず、太平の風雨に、太平の風雨に君王を拝す」。漆器の美と強さを讃えた詩である。
毎年三月上旬より四月中旬まで、仙台の芭蕉の辻から国分町にかけて上・中・下の三段に分けられ、一日替わりで市の行事が行われる。市が始まって五七日(35日)は、幕府(江府)の馬寮より役人が来て御用の馬を選ぶ。次に国司(藩主)の乗馬・小荷駄用の馬を選ぶ。
その後は朝の五つ(午前8時)より夕の七つ(午後4時)を限りとして売買市が開かれる。馬主が馬を引いてくれば、買い主がこれを見て仲買(なかがい)に頼み、その価を定める。仲買は馬主を「せがみ」(交渉)て価の高下を定めて売買するのである。
「幕府から役人が来てまず将軍の馬を選ぶって、さすが仙台馬市は格が違うワン!仲買さんが馬主と交渉して値段を決めるシステム、今の競り市と変わらないんだワン。日光の漆器は丈夫さが売りだったんだね!」