山の恵みを活かす職人たちの技。茶の湯に欠かせない炭を生み出す炭焼き職人、奥山の大木を切り出す杣人(そまびと)、そして急流を自在に操って材木を運ぶ材木流し。命がけの山仕事が、江戸時代の都市生活を支えていた。
炭は諸国より多く出るが、その中でも日向国(宮崎県)や紀州(和歌山県)の磨野(まやの)から出るものは質が良い。摂津国(兵庫県・大阪府)池田の奥山より出るものは炭の名物とされている。また、和泉の横山炭は名品として知られ、これは枝炭である。
炭焼き窯(炭竃)はいずれも山中に設け、薪の出し入れに便利な場所に据える。歌には「小野の炭竃」と詠まれており、小野は山城国愛宕郡のことである。
山中で木を切って生計を立てる者を「杣(そま)」という。奥山ではいかなる大木を切り倒すときも、枝など打つことはなく、ただ根元の部分を斧(まさかり)で切り倒す。和歌には「木曽の杣人」を専らよんでいる。木曽は信濃国(長野県)の奥深い大山である。
杣人が入山するときの道標(みちしるべ)としては、小木を切りかけて目印とする。これを「枝折(しおり)」という。和歌にもよまれており、案内人の道しるべのことを指すと『説文』に見えている。
山から切り出した木を谷川へ落とし、流れに乗せて運び出す。杣人は「鳶口(とびぐち)」を持ってこれを引き回し、山川の速い瀬をとびまわること、その軽さたるや猿のようである。
高い崖から木を突き落とし、あるいは谷川の滝場(たきつせ)を自由に引き回して、その材木を筏に乗り回す。よく鍛えられた、みごとな技の仕事である。
「谷川の滝を飛び回って材木を操る杣人さん、まるで猿みたいだって書いてあるけど、それだけ山の中で鍛えられた技なんだワン!蓋をするタイミングで炭の質が決まるって、炭焼きもすごい職人技なんだワン!」