砕いた鉱石は、水で選り分ける「淘(ゆり)」にかけられ、灰吹によってさらに純度を高められる。目方を量られ、秤にかけられて、ようやく一つの「品」として世に送り出される。
銀山から出た鉱石は、細かく砕いて粉にする。これを水で洗う「水ゆり」は行わず、そのまま直接、焼釜(やきがま)で焼く。
「淘(選別)」の仕方は、半切桶(はんぎりおけ)に水を汲み入れ、「かなめ」と呼ばれる鉢に鉱石の粉を入れて水の中で揺らす。すると土石はすべて桶の中に落ち、銀だけが鉢の中に残るのである。これは、おおむね金山の「板ゆり」と同じ原理である。
金山では、掘り出した鉱石を砕き、石臼で挽き、さらに唐臼(からうす)でついて粉にする。これを「猫田(ねこだ)流し」にかけ、その後に「板ゆり(水洗いによる選別)」を行う。
ここで働く人々は、自分たちの衣服に付着したわずかな金の粉を集めて日々の生計の足しにするほど、緻密な作業を行っている。昔は「とじ金」といって黄金の塊が見つかることもあったが、今は稀である。万葉集にある「みちのくの山に黄金花咲く」という歌は、この「とじ金」のことを指しているのだろう。
銀を仕上げる最後の工程が「灰吹(はいふき)」である。骨灰などを敷いた皿の上で、鉛を混ぜた銀をふいごで吹き分けにかけると、鉛は灰に染み込み、純良な銀だけが残る。
この灰吹法により、鉱石から高純度の銀を取り出すことができた。淘汰で選り分けた地金を、さらにここで極限まで磨き上げるのである。
砕いた鉱石は「鉑(あらがね)」と呼ばれ、これを目方(重さ)ごとに量って記録する。鉑の質と量によって、その日の作業の出来高が決まるため、目方を量る役目は鉱山経営において重要な仕事であった。
女中たちが鎌や鑿を手に鉱石を選り分ける傍らで、天秤を手にした役人が出来高を検める。鉱山の仕事は、掘る者・砕く者・量る者、それぞれの分業によって成り立っていた。
仕上がった地金や鉱石は、天秤秤にかけて目方を確かめたうえで、然るべき役所や問屋へと引き渡される。五挺天秤の端に鍋や道具を下げて量る場面もあり、鉱山では日常のあらゆる場面で「量る」ことが欠かせなかった。
山での長い工程を経て、ようやく一つの「品」として世に送り出される。この受け渡しをもって、鉱山における一連の仕事は締めくくりとなるのである。
「灰の上で吹くだけで鉛と銀が分かれるなんて、江戸時代の化学の知恵ってすごいワン!目方を量って秤にかけて、最後に品として送り出されるまで、鉱山の仕事は分業がしっかりしてたんだね。」