「日本山海名物図会」再発見帖

宝暦四年(1754年)刊・平瀬徹斎 撰、長谷川光信 画。山海の産物と職人技を今に伝える。

『日本山海名物図会』は、宝暦四年(1754年)に刊行された全五巻の図会です。撰者は平瀬徹斎(ひらせてっさい)、画工は松翠軒・長谷川光信(はせがわみつのぶ)。徹斎が光信に実物を写させ、そこに解説を付けるという成り立ちで、挿絵が主役の文字どおりの図会です。二人とも大坂の住人だったため、収録の約七割を近畿の産物が占めます。金山の採掘から、茶・酒・庖丁・漆器・織物、川と海の幸まで。「名物」の枠が緩やかで、福井の石橋のような名所や、豊後の河太郎(河童)のような俗信まで入り込んでいるのも、この本の面白さです。

巻一

金山・銀山の採掘と精錬

巻二

顔料・食品・山の恵み
摂津
紺青・緑青:銅山から生まれる天然顔料
銅山や銀山の「精気」から生じる天然顔料、紺青・緑青。慶長年間に多田銀銅山で初めて国産化された。
摂津
緑礬:同じ石から分かれる明礬と緑礬
礬石は白ければ明礬、青ければ緑礬になる。等級によって外科の膏薬にも染物の染料にもなる、用途の幅広い鉱物である。
紀州
鳥黐(とりもち):木の皮から作る粘着剤
「細葉冬青」の木の皮を剥ぎ、その汁を漬け込んで作る鳥黐。紀州熊野では地元の人が家業とする。
大和・山城
大和御所柿:柳製の秤も名物
大和国御所村より出る「御所払」の柳の秤は全国に普及した名物。山城の木練柿もまた柿の中で上品とされる。
美濃・安芸
美濃釣柿:干し上がっても三寸の巨大柿
渋柿の皮をむき糸で竿にかけて干す美濃釣柿。干し上がっても三寸(約9センチ)に及ぶ日本屈指の大きさ。
各地
炭焼き:諸国の炭質と竈をすえる知恵
日向・紀州麿野の炭は性がよく、和泉の横山炭は名品の枝炭。山に炭竈をすえる、木こりの技に連なる一連の工程である。
信濃
杣人(そまびと):木曽の奥山で大木を切り倒す
大木を切り倒す木曽の杣人。枝など打たず根元を斧で切る技と、道に迷わぬための「枝折」の知恵。
信濃
材木流し:急流を飛びまわる達人の技
山から切り出した木を谷川に流し、鳶口一本で急流を渡り歩く材木流し。その軽さは猿のようと称された。
山城
宇治茶摘み:御茶師三十三名と製法
栄西が持ち帰った茶の種が宇治で花開いた。御茶師三十三名が管理し、茶摘みには他国から見物客が訪れる。
摂津
木津の干瓢:剃刀で剥く雪のような白さ
摂津国木津の干瓢は、剃刀で薄くくるくると剥かれ、雪のように白く干し上がる名物。夕顔の実から作られる。
紀伊
紀州蜜柑:皮厚く甘さ格別
紀伊・駿河・肥後八代の蜜柑のうち紀州が最も優れる。皮が厚く甘い蜜柑は京・大坂の市中に多く売られた。
武蔵
江戸四日市蜜柑市:山積みの籠で賑わう
江戸四日市の広小路には籠入りの蜜柑が山のように積まれ、毎日商人たちが群集する。日本第一の繁昌の地。
近江・摂津
近江蕪:担ぐのも困難な巨大さ
一荷に五つ六つしか担げないほど巨大な近江の蕪。初めて見る人は肝をつぶすという。摂津の天王寺蕪も名産。
尾張
尾張大根:日本一の大きさと風味
風味が軽やかで上品な尾張大根は、日本において大根の第一とされる。江戸の練馬大根も大きさでは劣らない。

巻三

各地の名品・工芸・市
下野
日光膳椀:堅牢で日用に耐える漆器
江戸から三十一里の日光山より出る椀・膳は「堅地にして強し」と称される丈夫な漆器。心越禅師もその美を詩に詠んだ。
陸奥
仙台馬市:仲買が値段を定める
仙台の馬市は三月から四月にかけて開かれ、幕府御用の馬を最優先に選び、その後は仲買が値を定めて売買する東北最大の馬市。
越前
越前の石橋:半分が石、半分が木という奇観の九十九橋
越前福井の土蔵橋は半分が石、半分が木で作られた奇観の橋。京の三条大橋や甲州の石橋とも比較しながら、その珍しさを記す。
越前
越前奉書紙:日本最高級
奉書紙は諸国から出るが越前に及ぶものはなく、六広・御前広・本政など二十近い品種を持ち、艶があって丈夫な日本最上の紙。
越前
樟脳製法:二十四釜の精密な工程
樟の木のこけらを二十四釜に分けて煎じ、蓋に溜まる露を集める越前の樟脳製法。防虫剤・薬品として重宝された。
讃岐
讃岐の平家蟹:甲羅に人の顔が浮かぶ由来と考察
甲羅に人の顔が浮かぶ讃岐の平家蟹。壇ノ浦の怨念という俗説を、著者は諸国に同種の蟹がいる事実から冷静に考察する。
摂津
池田炭:茶の湯の最高峰、窯の蓋加減
摂津池田の炭は蓋をするタイミングが命の精密な職人技で焼かれる、茶の湯における最高級の炭。焼き加減の見極めが品質を左右する。
和泉・摂津
住吉浦の潮干:三月三日、三里の干潟
三月三日、堺・住吉浦の三里の干潟には貴賤が群集し蛤を取る。上巳の節句と重なる春の潮干狩りの賑わい。
和泉
堺庖丁:『荘子』の料理人に由来する語源
堺の名人・山上文珠四郎が鍛える「黒打ち」の包丁は切れ味格別。『荘子』の名料理人の逸話に由来する「庖丁」の語源も紹介する。
武蔵
浅草海苔:品川で採れて浅草で加工
浅草海苔の原料は品川の海で採れ、浅草で仕上げられる。産地でなく加工地の名が商品名になった江戸の名物である。
山城
京都西陣織:高機と空引で数十種
京都西陣の絹織物は唐織にも勝る精巧さで、緞子・金襴・天鵞絨など数十種。高機と空引の技法で織り出される。
大和・紀州
漆の採取:胡桃油を混ぜると変質しない
漆の木を切り目から採り、茶の煎じ汁と胡桃油を加えて保存する。大和吉野・紀州熊野が名産地の漆採取法。
摂津
平野飴:もち米と麦芽から作る薬用飴
大坂平野の名物・飴はもち米と大麦の芽から作られ、毒がなく小児にも用いられる。煮詰めれば薬の地黄煎にもなる。
摂津
天王寺千苣:竹垣に干した葉物の名産
摂津天王寺領内の千苣(ちさ)は名産で、生のまま市に出すほか、竹垣を高く組んで干した「干苣(ほしちさ)」も知られた。
豊後
豊後の河太郎:五、六歳の子供の姿で相撲を取る
豊後国に棲む河太郎(かっぱ)は五、六歳の子供の姿で全身に毛があり、川の瀬で相撲を取り人を水中に引き込むという。
摂津
大坂瓦屋町の瓦師:仁徳天皇の代に始まると伝わる
大坂瓦屋町は仁徳天皇の御代、難波高津宮の造営で瓦師が召し出されたのが始まりと伝わる瓦職人の町である。
摂津
塩浜:海水から塩を得る
海水を桶で汲み天日で濃度を高め、大釜で煮詰めて仕上げる塩浜の製塩。摂津・瀬戸内海沿岸の名産地を支えた仕事である。
摂津
大坂水浜の米市:昼夜賑わう
大坂の米市は昼夜を問わず正米・延べ米の取引で賑わい、諸国の商人が集まって米価を定めた「天下の台所」の中心。
薩摩・大隅
薩摩大隅黒砂糖:甘蔗を搾り石灰で固める
薩摩・大隅の黒砂糖は甘蔗を搾った汁に石灰を加えて煮詰め、型に流して固める。薩摩藩の重要な財源となった特産品。
薩摩
晒蝋:木蝋を天日に晒して白くする
櫨の実から搾った木蝋を臼で搗き、天日に何度も水にさらしながら白く仕上げていく晒蝋。黒砂糖と並ぶ薩摩藩の特産品である。

巻四

近畿・各地の名物と職人
摂津
住吉宝市:升と物差しで商売繁盛
住吉大社の神事「宝の市」、升や物差しを縁起物として買い求める参詣者の賑わい。
大和
大和三輪そうめん:糸のような細さ
大和三輪の索麺は、糸のように細く雪のように白い。旅籠でもてなしに供されるほどの名物である。
伊予
伊予牛房:日本最大級の牛蒡
日本最大級、長さ90〜120cmにもなる伊予の巨大牛房。その種は腫れ物の薬にも用いられた。
松前
松前昆布:若狭昆布の正体
北海道松前から京都まで旅する昆布の大流通網。実は「若狭昆布」は若狭産ではなく松前産だった。
各地
松煙:墨の最高級原料を採る技
松のヤニを燃やした煤から作る、墨の最高級原料「松煙」。油紙で囲み棚に溜まった煙を掃き集める精緻な技法。
加賀
加賀笠:万葉集にも詠まれた菅笠
菅の色白く、糸の縫いが細かい最上品とされた加賀の菅笠。万葉集にも「難波菅笠」として詠まれた名物である。
摂津
天王寺牛市:米で取引成立の証
牛の口に米を含ませることで売買が成立する、独特の習慣を持つ天王寺の牛市の賑わい。
山城
深草焼:土師氏の技を伝える陶器と人形
犬や猿をかたどった素朴な土人形と日用の陶器。京都深草の焼物は、古代の土師氏の技を今に伝える。
安芸
安芸宮島の浜市と船祭
百八十間の回廊が潮で満ちる宮島厳島神社。春と夏の年二回の大市、六月の管絃祭には海上一里半の灯籠船が壮観。
摂津
有馬籠:湯治客が愛した竹細工
日本第一の温泉として名高い有馬で作られる、湯治客に愛された竹細工の名品。
大和
奈良晒:南都御菩薩の朱印が証明
麻の最上級品とされた奈良晒。「南都御菩薩」の朱印が品質を保証する検査の仕組みがあった。
近江
伊吹艾草:和歌に詠まれた名品もぐさ
近江と美濃にまたがる伊吹山の名産「もぐさ」。和歌にも詠まれた、余国より茎の太い上質な艾草である。
河内
河内団扇:高家にも愛された渋うちわ
貴人・高家にも召し上げられた、河内小山の丸竹の渋うちわ。強さを専とする実用性の高い名品である。
仙台
仙台紙子:柿渋で仕立てる紙の着物
楮紙に柿渋を塗り幾重にも揉んで仕立てた紙子は、木綿より軽く風を通さぬ奥州仙台の名産である。
摂津
天満市の松茸市:夜は松明で商う
松明を灯して夜まで続く、大坂天満の幻想的な松茸市。摂津・丹波から集まる秋の味覚の賑わい。
河内
道明寺干飯:夏でも腐らぬ保存食
菅原道真の伯母が開いた道明寺から出る、夏の暑気にも腐らない優れた保存食。今も桜餅の材料として親しまれる。

巻五

川・海の生き物と鯨漁
各地
川海老:篝火で呼び寄せる夜漁
篝火に集まる習性を利用し、玉網で掬い取る川海老の夜漁。増水した川端で焚く篝は海老を多く呼び寄せる。
各地
落ち鮎:産卵へ下る八月の簗漁
八月、産卵のため川を下る鮎を魚梁で待ち受ける。人の音に沈んで動かなくなる習性を利用した静かな漁法。
山城
淀鯉:淀城が守る黄金色の鯉
淀城の水車の辺りに住む黄金色の鯉は禁漁の名物。年数を経るほど大きく育ち、値も高くなる。魚の王として古来珍重された名品である。
近江
瀬田鰻:琵琶湖の流し釣り漁
琵琶湖から出る流し釣りの瀬田鰻は名物中の名物。日向では全長六尺に達する巨大鰻も記録され、太さ一尺に及ぶという。
摂津
江鮒(ボラ):三町の地引網漁
海と川の境目に生きる江鮒(ボラ)を、三町(約330メートル)の地引網で引き寄せる大規模漁。
摂津・近江
蜆(しじみ):泥池で育てる養殖の知恵
海と川の塩ざかいに生じる蜆。小さいものを泥池で養い置けば、年を経て大きく味も良くなる。
摂津
鳥貝:帆走しながら籠網で掻き取る
近年になって賞翫されるようになった鳥貝。帆を張り風任せに走らせた舟の籠網で土砂ごと掻き取る、蜆や蛤にも似た漁法である。
播磨
明石の蛸:壺漁と唾で外す術
播磨明石の名産・蛸。桐の切り口を浮きにした壺を綱に連ねて沈め、二日一夜のちに引き上げる壺漁の知恵。
志摩・各地
海人(あま):裸で潜り鮑を採る暮らし
裸で海に飛び込み鮑を採る海人。籠に縄をつけて海底へ持ちゆき、海上に上がればすぐに引き上げる。
摂津
カマスゴ:四艘連携の組織漁
摂津尼崎・兵庫の浦で盛んなカマスゴ(いかなご)漁。四艘の舟が連携して網を四方に取り廻す組織漁。
伊予・各地
鰯漁:一里四方の大網漁
一里四方に大網を引き、鉤で寄せる鰯漁。伊予宇和島、総州銚子浦、丹後など各地に名産の鰯がある。
各地
赤エイ・海鼠:舟腹叩きと鯨油の海底透かし
舟の腹を叩くと浮き上がる赤エイは銛で突いて捕る。海鼠は鯨油を垂らして海底を透かし、掻い玉で掬い取る対照的な漁法。
紀伊・肥前各浦
鯨漁:遠見番所と七浦の賑わい
山の番所から遠眼鏡で潮を見張り、網と銛で仕留める組織的な鯨漁。「一頭捕れば七浦が賑わう」その全工程。